就職氷河期世代の転職歴|大学中退から7回転職した話
私は、就職氷河期世代で大学を中退しています。
しかも、これまでに7回も転職をしてきました。
20代半ばの頃は手取り16万円ほどのアルバイト生活。30歳手前まで年収200万円台の時期が長く、借金も一時は200万円ほどありました。
転職先がブラック企業だったことも何度もあります。
それでも今は、自分に合う仕事を見つけ、都内で普通に生活しながら資産形成もできるようになりました。
きれいなキャリアプランがあったわけでもなく、会社選びには何度も失敗してきました。
なお、勤務先の特定を避けるため、現在の会社や一部の経歴については詳しく書いていません。
20代後半、手取り16万円から正社員を目指す
大学中退後はアルバイトとして働いていました。
月曜日から金曜日まで働いていたので、生活自体は会社員とほとんど変わりません。それでも雇用形態はアルバイトで、手取りは16万円ほど。
20代後半になると、さすがに正社員になりたいと思うようになりました。
その頃は、リーマンショックが起こった後。
大学中退で正社員経験もない20代後半の自分では、求人に応募しても面接にすら進めないことがほとんどでした。
27歳、アルバイト生活脱出に成功
初めて正社員になれたのは27歳。
月給は24万円でした。
手取り16万円ほどのアルバイト生活が続いていたので、正社員の内定が出たときはかなりうれしかったです。
「これでやっと貧乏アルバイト生活から抜け出せる!」と思いました。
仕事内容も、それまでの経験が使えそうでした。
いくつもの会社を比較して、「ここが一番良い」と選んだわけではありません。
他の会社はすべて不採用。
正社員で採用してもらえて、できそうな仕事で、給料も上がる。当時の自分には断る理由がありませんでした。
今振り返ると、当時の状況で正社員になれたこと自体、かなり運が良かったと思います。
初めての正社員も1年ほどで退職
せっかく正社員になれましたが、職場環境が原因で体調を崩し、改善もしてもらえなかったため、1年ほどで退職することになりました。
やっとアルバイト生活から抜け出せたばかりだったので、長く働きたかったのですが、体調が悪くなっていく中で、そのまま働き続けることはできませんでした。
退職後、また仕事を探すことになりました。
29歳、ハローワークを利用する
退職後は2か月近く仕事が決まりませんでした。
借金があるのに無職です。
このときは東日本大震災の直後でもあり、求人サイトから応募しても書類選考すらなかなか通りません。
転職エージェントに問い合わせても、紹介できる求人がないと言われたことも何度もありました。
転職エージェントで面談まではしてもらえても、「求人があれば連絡します」と言われたまま連絡が来ないことは当たり前。
そこで利用したのがハローワークです。
ハローワークで内定ゲット
ハローワーク経由でなんとか正社員として内定をゲットできました。
しかし、出社日の初日に驚きの出来事が。
社長から「まずは、契約社員として働いてください」と伝えられました。
求人票は正社員。
内定も正社員でもらったはず。
なのになぜか半年契約の契約社員で働くことに。
しかも雇用契約書も作ってもらえませんでした。
今ならその場でいろいろと確認をすると思いますが、当時は労働関係の知識もほとんどありません。
やっと見つかった仕事でもあり、貯金もなかったことと借金の返済もあるので断ることができずにそのまま働き始めました。
入れるはずの社会保険にも入れてもらえず、月給は22万円。
残業をしても残業代を支払ってもらえませんでした。
しかも、仕事がなくても夜遅くまで会社に残っていないとなぜか怒られる会社でした。
最初は言うことを聞いて残業していましたが、どうせ残業代も出ないのでだんだんどうでも良くなって仕事がさっさと終われば帰るようになりました。
それでも帰れるのは20時くらい。
隔週で土曜日出勤もあったので、時給換算したらアルバイトの方がよかったかもしれません。
この会社では半年ほどで退職しました。
給料は安い。残業代は出ない。土曜日も出勤する。社会保険にも入れない。
しかも、周りの社員からの話では、賞与もあまり期待できないと聞きました。
長く働いている人たちも目が死んでいて、自分がこのまま何年も働いている姿を想像できませんでした。
土日が休みで、社会保険に加入できて、残業をすれば残業代が出る。できれば賞与も欲しい。
そこで、入社して間もないうちから次の仕事を探し始めました。
29歳、年収約400万円の転職に成功
会社を休むことができないなか、ちょっとずつ転職活動を続け、なんとか正社員で内定をゲットすることができました。
我ながら運だけは良いと思います。
内定が出たときは、思わずガッツポーズが出ました。
当時はオンライン面接などはない時代。
無理を言って週末に面接をしてもらえたこともラッキーでした。
条件は、月給28万円。さらに年2回の賞与があり、年収にすると約400万円でした。
年収400万円!!!
ここまでの数年間、年収200万円台だったので夢の数字です!
これでやっと普通の生活ができると思えました。
面接後のアピールが内定につながる
このときの転職では、休みの日に少しずつ勉強していたことが役に立ちました。
最初に正社員になった会社では暇な時間も多く、将来のためにWeb制作の勉強を始めていました。
土日に自分でサイトを作ったりもしていました。
面接を受けたあと、面接の内容からアピールになるかなと自分で作ったサイトのURLを会社へ送りました。
当時は必死だったので、少しでもアピールしようと急いで送りました。
それが採用の後押しになりました。
後から聞いた話では、別の候補者に決まりかけていたところから採用が変わったそうです。
何か明確なキャリアプランがあって勉強していたわけではありません。
このままでは収入も上がらないので、何かできることを増やしたい。そのくらいの感覚でした。
結果的に、そのとき作っていたものが評価され内定をゲットすることができました。
前の会社では月給22万円で、賞与も残業代もありませんでした。
そこから月給が28万円になり、賞与も出る。残業代も出る。
土日も休めます。
今なら特別良い条件とは感じないかもしれません。
当時の自分には、こうした条件が揃っているだけでもすごくうれしかったです。
この会社には6年近く在籍し、最終的に年収は550万円前後まで上がりました。
ただ、30代半ばになると、「このままここで働き続けていいのか」と少しずつ考えるようになりました。
35歳、初めてのキャリアアップ転職に挑戦
年収や働き方を見れば、それまでよりかなり良くなっていました。
一方で、今いる業界や会社の先行きを考えるようになりました。
「このまま40歳を過ぎても、ここで同じ仕事をしていて大丈夫なのか」
そんな不安がありました。
仕事内容も、自分にはあまり向いていないと感じていました。
6年近く続けて年収も550万円前後まで上がりましたが、この仕事を続けても、ここから大きく伸びるイメージが持てませんでした。
もう少し収入を増やしたい気持ちもありましたが、それ以上に、これから使えるスキルを身につけたい。
そこでWeb分野の会社へ転職しました。
初めて切羽詰まらずに転職活動をしました。内定も2つゲットできました。
業界を変えましたが、年収はほぼ維持したまま転職することができました。
Webに関わる仕事なら、今後のスキルアップにもなると思っていました。
ところが、実際に働いてみると面接で聞いていた仕事とはかなり違いました。
作業的な仕事が多く、ここで働き続けても自分が期待していたスキルは身につけられそうにありません。
さらに、パワハラだと感じる場面もあり、働き方や労働環境も自分には合いませんでした。
入社して数か月で、すでに次の転職活動を始めていました。
結局、この会社は半年も経たずに退職しました。
転職エージェントに紹介してもらった会社でしたが、会社選びには失敗しました。
あえて年収を下げて未経験の職種へ
次の転職活動で探した仕事は、当時興味を持ち始めたWebマーケティングの仕事です。
Webマーケティングは未経験でした。
30代半ばから未経験の仕事へ転職するのは、簡単ではありませんでした。
そのため、仕事内容を変えるなら多少条件が下がるのは仕方がないと考えていました。
それまでと同じ仕事を続けて年収を維持するより、まだ30代のうちに違う仕事を覚えてみたいと思いました。
年収550万円から400万円後半に
転職活動ではWebマーケ業界専門のエージェントを利用しました。
年収は550万円前後から400万円後半まで下がりました。
この年収ダウンについては、それほど迷いませんでした。
35歳くらいの未経験者が、仕事内容を変えながら年収まで維持しようとすれば、選べる会社はかなり少なくなると思っていたからです。
土日が休めることや、Webマーケティングの仕事に関われることの方を優先しました。
20代の頃は目の前の給料や雇用形態が重要でしたが、この頃は「この先どんな仕事ができるようになるか」も考えて転職するようになっていました。
広告運用に出会い収入アップ
転職後に広告運用という仕事を知りました。
実際にやってみると、今までの仕事より自分に向いていると感じました。
数字を見ながら考えて、改善して、その結果がまた数字で返ってくる。仕事を覚えるほど、できることも増えていきました。
それまではできればもうやめたいと思っていた業務だったので、ようやく「これならやってもいい」と思える仕事を見つけた感覚でした。
仕事が楽しくなり、できることもどんどん増えていきました。
今振り返ると、35歳で未経験から始めたとはいえ、まだ30代だったのは良かったと思います。
会社の売上アップにも貢献できて収入も上がっていき、最終的には年収800万円台になった時期もあります。
ただ、仕事がうまくいき、収入も上がると、今度は別の欲が出てきました。
40代、再び会社選びに失敗
40代になって興味本位で転職サービスに登録してみると、より高い年収の求人を紹介されるようになりました。
スカウトしてきたエージェントからは「もっと年収を上げられますよ。」と言われることもありました。
当時は、できればリモートで働きたいという気持ちもあり、自分でも「もう少し良い条件で働けるのでは」と考えるようになります。
今振り返ると、少し調子に乗っていたと思います。
そして40代前半で、年収900万円を超える条件の会社へ転職しました。
仕事内容には興味があり、それまでの経験も使えそうでした。
自分の経験なら十分にできるとも思っていました。
年収も上がる条件でした。
転職前には魅力的に見えていました。
ところが、入社して3か月ほどすると、「これは失敗したかもしれない」と思うようになります。
実際に働いてみると休みがほとんどなく、パワハラだと感じるような場面も何度もありました。
自分は論理的に仕事を進めたいタイプですが、そうした進め方が通用しないことも多く、会社の考え方にも違和感を持つようになりました。
年収は上がりましたが、このまま働き続けることはかなりしんどくなりました。
とはいえ、20代の頃とは状況が違います。
住宅ローンもあり、家庭もあります。
合わないと思ったからといって、何も決めずにいきなり無職になるわけにもいきません。
次を考えながら働き、最終的には7か月ほどで退職し現在は別の会社で働いています。
この転職では、年収だけを見ていたときには気づかなかったこともありました。
転職7回を経験して気づいたこと
20代の頃は、まず正社員になりたかった。
その次は、社会保険があって、残業代が出て、土日が休みで、賞与もある会社で働きたかった。
30代になると、これから使えるスキルを身につけたいと考えるようになりました。
40代では収入も上がり、「さらに条件を上げられるのでは」と考えて転職しました。
会社を選ぶ基準は、自分の状況が変わるたびに変わっていました。
ただ、条件を選べるようになったからといって、会社選びが上手になったわけではありませんでした。
高い年収には「信頼残高」も含まれている
40代の転職で初めて気づいたのが、長く働いている会社では、自分が思っている以上に信頼が積み上がっていることでした。
これまで結果を出してきた。この仕事なら任せられる。会社のことも分かっている。
自分は今では、これを「信頼残高」のようなものだと考えています。
長く働いている会社で年収800万円をもらうのと、初めて入る会社でいきなり年収900万円を超えるのでは、状況がかなり違います。
転職先では信頼残高がほぼゼロです。
それでも、高い年収に見合った成果は求められます。
40代で転職したとき、自分はそこまで考えていませんでした。
年収が上がることばかり見ていた部分は、今振り返ると反省しています。
会社選びには今でも自信がない
転職7回を振り返ると、自分は会社選びがかなり下手だと思います。
ブラック企業にも何度か入り、40代になってからも会社選びに失敗しました。
ただ、まずいと思ったら次の仕事を探すことは20代の頃からやっていました。
求人に応募したり、仕事をしながら勉強したり、入った会社が合わないと思えば次の転職活動を始めたりしてきました。
ブラック企業で一緒に働いていた人たちの中には、会社への不満を口にしていても、実際に転職活動までする人は意外と少なかったです。
自分には会社を見る目があまりなかったけれど、その場に居続けるしかないとは考えていませんでした。
もちろん、動けばうまくいくわけでもありません。
実際、転職エージェントに勧められて入った会社でも失敗しています。
一方で、年収を下げて入った会社で、初めて自分に合う仕事を見つけることもできました。
自分の転職歴は、失敗しながらその都度次を探してきた結果です。
今振り返っても、もう少し会社を見る目があったり、会社選びについて相談できる人や知識があればよかったとは思います。
ただ、誰かに相談すれば正解が分かるほど、会社選びは簡単でもありませんでした。
紆余曲折を経て、今は資産形成もできるように
それでも仕事を続け、収入が増えるようになってからは、少しずつお金も残せるようになりました。
今では都内で普通に生活しながら、資産形成もできるようになっています。
転職7回という経歴だけを見ると、ずいぶん遠回りしたようにも見えます。
20代の自分からすると、今の生活はたぶん想像できなかったと思います。
